霞ヶ浦検定は、競艇の交付金による日本財団の助成金を受けて実施します。
霞ヶ浦検定
写真:霞ヶ浦帆引き船フォトコンテスト入選作品













第1回霞ヶ浦検定 ジュニア級問題 5問(抜粋)

霞ヶ浦流域(りゅういき)(降(ふ)った雨が霞ヶ浦に集まる土地の範囲(はんい))に住んでいる人の人口はどれくらいですか?

ア) 約298万人
イ) 約98万人
ウ) 約65万人


霞ヶ浦に渡ってくる次の野鳥のうち、夏鳥はどれですか?

ア) コガモ
イ) オオヒシクイ
ウ) オオヨシキリ


霞ヶ浦を代表するワカサギは、次のどの、さかなの仲間でしょうか?

ア) アユ
イ) モツゴ(クチボソとも呼ぶ)
ウ) ウナギ


霞ヶ浦には奈良時代から知られる島がありました。何という名前の島でしょうか?

ア) 浮島(うきしま)
イ) 大島(おおしま)
ウ) 鹿島(かしま)


霞ヶ浦を汚す原因のうち、もっとも大きな割合をしめるものは何ですか?

ア) 田畑の肥料
イ) 工場排水
ウ) 生活排水

■ジュニア級問題/正解と解説
1、
茨城県の人口は約298万人で、その約3分の1の約98万人が霞ヶ浦流域(りゅういき)に住んでいることから、ミリオンズレイクとも呼ばれます。
2、
コガモとオオヒシクイは冬鳥です。オオヨシキリは夏鳥で、ヨシ原で繁殖します。
3、
ワカサギは背中に「あぶらひれ」という「ひれ」を持ち、大きくはサケの仲間ですが、その中でもアユと同じキュウリウオ科に属します。
4、
浮島は稲敷市にあり、現在は干拓(かんたく)事業によって陸続きとなっています。奈良時代に編集された「常陸(ひたち)国(のくに)風土記(ふどき)」の中に、湖水に浮かぶ浮島の記述がみられます。
5、
生活排水とは家庭の台所,風呂,洗濯(せんたく)、トイレなどから出る排水のことです。生活排水の中の汚れの一部は、下水処理場、農業集落排水処理施設、合併処理浄化槽などで除かれますが、残りは56本の流入河川を通して霞ヶ浦へ流れ込んでいます。


第1回霞ヶ浦検定 3級問題 10問(抜粋)

霞ヶ浦流域の面積は,茨城県全体の面積のどれくらいにあたりますか?

ア) 約5分の1
イ) 約4分の1
ウ) 約3分の1


霞ヶ浦にもいる中国の四大家魚とは、ハクレン、コクレン、ソウギョと何でしょうか?

ア)アオウオ
イ)アカウオ
ウ)シロウオ


アオコを構成するミクロキスティスは、分類上、次のどれに入りますか?

ア)緑藻類
イ)藍藻類
ウ)珪藻類


霞ヶ浦の高浜入りをのぞむ台地上にある、県内で最も大きな規模の古墳の名前は次のどれでしょう?

ア) 舟塚山古墳
イ) 天神山古墳
ウ) 虎塚古墳


常陸国風土記の内容で、省略がなく霞ヶ浦に関する記事が最も多く登場するのは何郡の条ですか?

ア)茨城郡
イ)行方郡
ウ)香島郡


中世の霞ヶ浦は香取神宮や鹿島神宮の支配の下にあり、祭神への捧げ物を納める代わりに漁業や水運業の特権を認められた人々がいました。これらの人々は何と呼ばれていましたか?

ア) 漁夫(ぎょふ)
イ) 水夫(すいふ)
ウ) 海夫(かいふ)


江戸時代初期、利根川の河口を、当時の江戸湾から、現在のように銚子口に変更する大工事が行われました。この事業は、どのように呼ばれていますか?

ア)利根川改修事業
イ)利根川東遷事業
ウ)利根川放水路事業


霞ヶ浦の湖岸では、食糧確保などのため、大正時代から昭和40年代にかけて、多くの干拓事業が行われました。面積が最も大きい干拓事業は、次のうちどれですか?

ア)本新島干拓
イ)延方干拓
ウ)高浜三村干拓


水質を守るため、さまざまな物質について環境基準があります。COD(化学的酸素要求量)は代表的な水質指標ですが、霞ケ浦では、CODの環境基準は次のどれですか?

ア)2ミリグラム/リットル以下
イ)3ミリグラム/リットル以下
ウ)6ミリグラム/リットル以下


霞ヶ浦では1981年に富栄養化防止条例が成立し、汚れの原因となる物質の流入を抑える対策が始まりました。削減の対象となっている物質は、次のどれですか?

ア)窒素とリン
イ)窒素と鉄
ウ)リンと鉄

■3級問題/正解と解説
1、
流域面積は、県土の約3分の1で、湖面積の約10倍です。流域面積が広いために、霞ヶ浦は汚れやすいといえます。霞ヶ浦の流域に住む人口も、県民全体の約3分の1です。
2、
アオウオはハクレンやソウギョを放流したとき、種苗に混ざっていて、一緒に放流されました。このとき一緒に来たのがタイリクバラタナゴです。
3、
藍藻類は葉緑素を持つ細菌の仲間で、30数億年前に地球上に出現し、大気中に酸素を供給したと考えられています。湖水が富栄養化して、アオコが大量発生すると、さまざまな弊害が出ます。
4、
舟(ふな)塚山(つかやま)古墳は石岡市にあり、大きさは全長186mで県内最大の規模を誇り、関東地方でも天神山古墳(群馬県大田市)に次いで2番目の大きさの古墳です。大きな古墳があることは、霞ヶ浦地方の豊かさを示しています。
5、
常陸国風土記の中で、省略がないのは行方郡の条です。行方郡の条には、行方という地名、無梶川、津済、行方海、麻生の里、香澄の里など霞ヶ浦に関する記事がたくさんみられます。
6、
霞ヶ浦における海夫の実態は不明瞭ですが、常総地域の水辺で海夫が活動の根拠地とした津(港)の分布が「海夫(かいふ)注文(ちゅうもん)」という文書で確認できます。水運や漁撈が盛んに行われたことは、霞ヶ浦の豊かさを表しています。津は西浦で48、北浦で44ありました。
7、
江戸時代初期、江戸の町を水害から守るためなどの理由で、利根川の河道を東側に移す工事が行われました。浅間山噴火の影響も加わり、霞ヶ浦の水害が増える結果になりました。
8、
霞ヶ浦では、20カ所近くの湖辺で干拓事業が実施され、湖面積の約1割が農地になりました。最も大きいのは稲敷市にある本新島(もとしんしま)干拓で約560ヘクタールの湖面が水田に生まれ変わりました。延方干拓は潮来市にあり、面積277ヘクタールで、2番目の広さです。高浜三村干拓は88ヘクタールです。
9、
霞ヶ浦は水道用水の水源になっているため、CODの環境基準は3ミリグラム/リットル以下と定められています。1978年ごろ10ミリグラム/リットルを上回っていましたが、近年は8〜9ミリグラム/リットル程度です。
10、
湖沼の富栄養化原因物質は、主に窒素とリンで、植物プランクトンの栄養分となります。植物プランクトンが多くなると、水道水などの利用に支障が生じるため、下水道整備などを進め、窒素とリンの湖内流入量を減少させることになりました。






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