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第3回霞ヶ浦検定 初級問題 5問(抜粋)

霞ヶ浦は、もともと海の入り江だったところが狭くなって湖になりました。このような湖を何といいますか?

ア) 火口湖
イ) 構造湖
ウ) 海跡湖


霞ヶ浦の流域において、森林が占めている割合は、どれくらいですか?

ア) 約20%
イ) 約40%
ウ) 約60%


夏になると霞ヶ浦で大発生することがあるアオコとは何ですか?

ア) 植物プランクトン
イ) コケ
ウ) 水草


霞ヶ浦の水は、何にもっとも多く使われていますか?

ア) 田畑で使う水
イ) 工場で使う水
ウ) 家庭で使う水


茨城県が定めている「霞ヶ浦の日」はいつですか?

ア) 4月1日
イ) 9月1日
ウ) 11月13日

■初級問題/正解と解説
1、
火口湖は火山の噴火口に水がたまってできたものです。構造湖は地殻の変動によって窪地に水がたまったものです。琵琶湖は構造湖です。
2、
茨城県全体の森林面積の割合は30%程度で、全国平均(67%)を大きく下回っています。霞ヶ浦流域はさらに森林が少ないのです。
3、
アオコとは、植物プランクトンのうち、ミクロキスティスなど水面に浮く藍藻類が大発生することです。
4、
霞ヶ浦の湖水は、各地のポンプ場で汲み上げられ、農業用水として最も多く使われています。
5、
「霞ヶ浦の日」は、霞ヶ浦富栄養化防止条例(現在は霞ヶ浦水質保全条例)を施行した1982年9月1日を記念して決められました。



第3回霞ヶ浦検定 3級問題 5問(抜粋)

霞ヶ浦の流入河川である小野川の源は、どの市にありますか?

ア) 石岡市
イ) 笠間市
ウ) つくば市


稲敷市浮島のヨシ原で繁殖している貴重な夏鳥は、何ですか?

ア) ウグイス
イ) オオヒシクイ
ウ) コジュリン


石岡市高浜の台地上にある、県内最大規模の古墳は何ですか?

ア) 舟塚山古墳
イ) 箸墓古墳
ウ) 虎塚古墳


かつて遊泳場があり、現在は温泉施設「白帆の湯」がある場所は?

ア) 歩崎
イ) 天王崎
ウ) 和田岬


霞ヶ浦のコイ養殖の最盛期には、年間どれくらいの生産量がありましたか?

ア) 約2500トン
イ) 約4500トン
ウ) 約8600トン

■3級問題/正解と解説
1、
小野川の延長距離は36km。源はつくば市小野崎で、稲敷市の江戸崎で霞ヶ浦に入ります。
2、
コジュリンはホオジロ科の小鳥で、夏鳥として浮島妙岐の鼻湿原で繁殖します。
3、
舟塚山古墳の大きさは全長186m、県内最大で、5世紀中頃に造られたようです。
4、
行方市の天王崎は、かつて遠浅の砂浜が広がり、夏季には大勢の遊泳客で賑わいました。現在は天王崎公園となり、白帆の湯の展望風呂から霞ヶ浦と筑波山を眺めることができます。
5、
網生簀によるコイ養殖は、昭和40年に始まり、昭和57年にはピークの約8600トンの生産量を記録しました。しかし、酸素欠乏やコイヘルペスウイルス病による大量死、消費者の淡水魚離れで、養殖業は縮小しました。



第3回霞ヶ浦検定 2級問題 5問(抜粋)

応安7年(1374年)に出された有名な「海夫注文」によって、海夫が在地領主支配から、新たに違う勢力の支配下に置かれました。その勢力とは?

ア) 鹿島社大禰宜
イ) 香取社大禰宜
ウ) 熊野社大禰宜


霞ヶ浦周辺の湿地でよく見られるガマ科の植物で、雄花穂と雌花穂の間が離れて、軸が裸出している植物は?

ア) ガマ
イ) コガマ
ウ) ヒメガマ


霞ヶ浦の透明度は、近年60cmくらいのことが多いようです。仮に60cmの場合、植物プランクトンの光合成量(生産量)と呼吸量(消費量)がつりあう補償深度はどれくらいでしょうか?

ア) 60 cm
イ) 120 cm
ウ) 180 cm


江戸時代の浮世絵「常州牛堀」には、霞ヶ浦と富士山が描かれています。作者は?

ア) 喜多川歌麿
イ) 歌川広重
ウ) 葛飾北斎


戦後の河川改修後、霞ヶ浦では塩害が発生し、常陸川水門が建設されました。では、現在の湖心(三又沖)の塩化物イオン濃度は?

ア) 約30〜40 mg/L
イ) 約90〜100 mg/L
ウ) 約200 mg/L

■2級問題/正解と解説
1、
中世の霞ヶ浦沿岸で、半農半漁を生業としていた人々を海夫と言います。当初は香取大宮司の支配下でしたが、南北朝動乱で在地領主に支配されました。それを室町幕府が香取大禰宜に支配下に置くように命じた文書が「海夫注文」です。
2、
ヒメガマは、内水面の泥土がたまりやすい場所に群落を作ります。
3、
透明度が60cmの場合、およそ2倍の深さが補償深度になります。透明度の2倍を超えると太陽光はほとんど到達しないので、植物プランクトンや沈水植物は光合成ができず、有機物を作ることができません。
4、
葛飾北斎の富嶽三十六景には、「常州牛堀」の一枚が収められています。牛堀(現在は潮来市)から見える富士が当時から有名だったことがわかります。
5、
現在は常陸川水門の開閉操作により、塩分濃度が高い水の遡上を防いでいます。それによって、霞ヶ浦(北浦)の水は淡水化されています。



第3回霞ヶ浦検定 1級問題 

提示された10課題から任意に1課題を選び、800字以上で論述。他に口頭発表。

例:霞ヶ浦の特産物(複数)について、論ぜよ。

■1級問題/正解と解説
省略



第2回霞ヶ浦検定 ジュニア級問題 5問(抜粋)

およそ約2万年前の霞ヶ浦は、どのようになっていましたか?

ア) 海の底
イ) 湿った草原
ウ) 山


現在の霞ヶ浦で行われる最も原始的な漁法は?

ア) 刺し網
イ) はえ縄
ウ) 笹浸し


霞ヶ浦で、秋から冬に遊覧船などの大型の船を追いかけるようにして群れて飛び、餌をねだる鳥は何ですか?

ア) カワウ
イ) コブハクチョウ
ウ) ユリカモメ


霞ヶ浦周辺の湿地帯を利用して栽培される、日本一の生産高を誇る作物は何ですか?

ア) 米
イ) レンコン
ウ) クワイ


霞ヶ浦の水がきれいで、泳げたころ(約40年前)、透明度はどれくらいでしたか?

ア) 50cm〜60cm
イ) 1.5m〜2m
ウ) 5m〜7m

■ジュニア級問題/正解と解説
1、
約20万年前は、関東平野の大部分は浅い海の底でした。約2万年前は氷河期で、草原が広がり、ユーラシア大陸から、わたってきたナウマン象が住んでいました。2千年前は弥生時代で、霞ヶ浦はまだ海でした。
2、
ナラ・クヌギ・クリなどの枝を束にして沈め、中に入ったエビ・フナ・ウナギなどを捕獲する漁法です。これらの魚が、ものかげにかくれる習性を利用した原始的漁法です。
3、
霞ヶ浦では、ユリカモメは主に冬になると多くなり、遊覧船の後を追いかけて飛んで、餌をもらいます。カモメの仲間は魚を食べますが、小型のユリカモメは雑食性です。ミヤコドリと呼ばれることもあります。
4、
霞ヶ浦周辺の湿田では、約1600ヘクタールのハス田があります。レンコンはハスの地下茎です。米を作るよりも、レンコンの方が収益性(利益があがること)がよいので、昭和45年頃から、水田に代わって、レンコンが盛んに生産されるようになりました。
5、
約40年前は、水がきれいで、泳いでいても手足の先が見えたそうです。現在の透明度は、50〜60cmのことが多いです。琵琶湖の透明度は、現在でも5〜7mです。なお、透明度は、船から直径30cmの白い円盤を沈めていき、見えなくなる深さで表します。



第2回霞ヶ浦検定 3級問題 10問(抜粋)

日本は湿潤・温暖な気候で、降水量が平均1780ミリメートルと雨が多い国ですが、霞ヶ浦流域の降水量の平均は、どの程度ですか。

ア) 約2200ミリメートル
イ) 約1800ミリメートル
ウ) 約1300ミリメートル


縄文時代につくられた広畑貝塚では、専用の土器を用いて塩づくりを行っていました。この塩づくりに用いられた専用の土器の説明文で正しいものは次のどれでしょうか。

ア) 縄目の文様が付いている
イ) 文様が無く薄手である
ウ) 底に穴が開いている


『常陸国風土記』に、多くの人が集い、賑わう名所として紹介される霞ヶ浦沿岸の地はどこですか。

ア) 浮島
イ) 潮来
ウ) 高浜


霞ヶ浦において浮島や麻生沖は、江戸幕府の専用の漁場「箕和田御留川」とされましたが、水戸藩の「水戸御留川」はどこに設定されましたか。

ア) 高浜入り
イ) 土浦入り
ウ) 北浦


帆引き船の進行方向をかえるための帆に取り付けられた手綱を何と呼びますか。

ア) ハンドル縄
イ) ひっぱり縄
ウ) ものぐさ縄


霞ヶ浦には外来魚のペヘレイという魚がたくさん見られますが、このペヘレイとは元の地での意味は何でしょうか。

ア) おいしい魚
イ) 魚の王様
ウ) 魚の宝石


霞ヶ浦には、多くの動物プランクトン、植物プランクトンが生息しています。では、プランクトンとはどのような意味ですか。

ア) 微小生物
イ) 遊泳生物
ウ) 浮漂生物


農業用水、都市用水として、広く県西地方に霞ヶ浦の水が送水されています。では、その事業名は何ですか。

ア) 筑西用水事業
イ) 霞ヶ浦導水事業
ウ) 霞ヶ浦用水事業


霞ヶ浦では毎年夏に、霞ヶ浦横断遠泳が行われています。現在のコースはどこですか。

ア) 沖宿(土浦市)− 大岩田(土浦市)
イ) 浮島(稲敷市)− 天王崎(行方市)
ウ) 柏崎(かすみがうら市)− 浜(行方市)


霞ヶ浦を水源とする浄水場では、安全でおいしい水をつくるため、高度浄水処理を採用しています。土浦市にある霞ケ浦浄水場で実施している方法は、次のどれですか。

ア) 生物処理
イ) オゾン処理
ウ) 膜処理

■3級問題/正解と解説
1、
霞ヶ浦流域の降水量は1955〜1965年の平均で1350ミリメートル、1937〜1991年の平均が1310ミリメートルです。前者は茨城県、後者は国土交通省が算出した数字です。
2、
広畑貝塚は稲敷市に所在し、1960年の調査で縄文時代の塩づくりの様子が明らかにされました。海水を煮詰める土器は塩づくり専用のものを用い、熱効率を良くするため薄く作られ、文様は全くありませんでした。
3、
『常陸国風土記』に、高浜の地は春の花の時期や秋の紅葉の頃には人々が集い、楽しむ記事が登場します。
4、
水戸藩は、高浜入りに専用の漁場の「水戸御留川」(玉里御留川)を設けました。
5、
帆引き船は、漁師の意思によって片側45度、左右合わせて90度に方向を変えることができる。その際に引く帆に取り付けられた手綱を「ものぐさ縄」といいます。
6、
「ペヘレイ」という名前はスペイン語の"Pez del Rey"(ペス・デル・レイ、「王の魚」の意)に由来するとされます。日本には1966年に神奈川県淡水魚増殖試験場にアルゼンチンへ移民した人たちから送られ、その後丹沢湖や相模川などへの放流が行なわれました。
7、
プランクトンとは、泳ぐ力が弱く、水中に浮いて漂って生活する生物のことです。泳ぐ力が強い魚類はネクトン(遊泳生物)、湖底で生活する貝類、イトミミズ類、ユスリカ幼虫などはベントス(底生生物)と呼ばれます。
8、
霞ヶ浦用水事業によって、霞ヶ浦の湖水は筑波山腹を貫くトンネルを通って、遠く桜川市や筑西市方面まで送水されています。県西地方は降水量がやや少なく、昔、少雨の夏では農業用水確保に苦労した地域です。
9、
泳げる霞ヶ浦をめざして開催される「霞ヶ浦横断遠泳」は、平成22年度で24回になりました。初回から21回までは、浮島―天王崎のコースでしたが、22回からは、沖宿(正確には田村地区との境)―大岩田のコース、約2.5kmで行われています。
10、
霞ヶ浦浄水場(県南水道事務所)では、1985年から、ハニコームチューブと呼ばれる蜂の巣状の装置に多くの微生物を住まわせ、水中の汚れを除去する生物処理を採用しています。



第2回霞ヶ浦検定 2級問題 10問(抜粋)

霞ヶ浦の原型は古鬼怒川等による浸食によって形作られたと言われています。それでは古鬼怒川はいつ頃まで霞ヶ浦に流入したと考えられているでしょうか。

ア) 約40万年前まで
イ) 約2万年前まで
ウ) 約1千年前まで


常陸国の国府が置かれた石岡市内では、鹿(か)の子C遺跡と呼ばれる官営の武器・武具製作工場跡が発見されました。どのような目的で武器・武具を生産していたと考えられているでしょうか。

ア) 中央政府との戦争のため
イ) 蝦夷(えみし)を征討するため
ウ) 日本国外に出兵するため


江戸に物資を輸送するルートで、那珂湊河口から涸沼川に入り、涸沼川南岸で陸揚げし、霞ヶ浦または北浦北部の河岸で再び川船に積み込み、利根川を経て江戸を目指すルートを何と呼びますか。

ア) 内川廻し
イ) 外川廻し
ウ) 霞ヶ浦廻し


霞ヶ浦周辺で見られる次の植物のうち、水生シダ植物はどれですか。

ア) オオアカウキクサ
イ) アオウキクサ
ウ) ミジンコウキクサ


もともと中国大陸や朝鮮半島に生息する二枚貝で,近年霞ヶ浦でも分布が確認され,人間生活や自然環境への被害が心配されている貝は何ですか。

ア) カワヒバリガイ
イ) スクミリンゴガイ
ウ) ドブガイ


霞ヶ浦の植物プランクトンのうち、大腸菌などのバクテリアに系統的に近いのはどれですか。

ア) 藍藻類
イ) 珪藻類
ウ) 緑藻類


コイの網生け簀養殖が事業として本格的にスタートしたのはいつ頃ですか。

ア) 昭和30年(1955年)頃
イ) 昭和40年(1965年)頃
ウ) 昭和50年(1975年)頃


第一次世界大戦後、米不足から全国で「米騒動」が起きたのを機に、法律が制定され、霞ケ浦など各地で開墾・干拓が盛んになりました。その法律の名称は、次のどれですか。

ア) 農地開発法
イ) 開墾助成法
ウ) 耕地整理法


霞ヶ浦の水は水道用水,工業用水,農業用水等に利用されていますが,そのうち水道用水の量は、以下のどれにあたりますか。(平成21年3月末調べ)

ア) 約76.7m3/秒
イ) 約4.1 m3/秒
ウ) 約12.3 m3/秒


霞ヶ浦におけるCODの環境基準値は、3mg/l以下(年平均)となっていますが、全窒素の環境基準値は?

ア) 0.4 mg/l 以下
イ) 0.6 mg/l 以下
ウ) 1.0 mg/l 以下

■2級問題/正解と解説
1、
約10万年前頃は浅い海でしたが、約3万年前に陸化し、河川による浸食が始まりました。この頃湖内に持ち込まれている岩石は鬼怒川上流域の岩石からなるが、約2万年前頃に浸食されたと思われる谷には桜川上流域の岩石が堆積しています。このことから、古鬼怒川は約2万年前には霞ヶ浦への流入が止まったと考えられています。
2、
鹿の子遺跡内では8世紀後半から9世紀前半頃に武器・武具の生産が活発化しました。ちょうどこの頃は、聖武天皇の命令によって蝦夷征討が盛んに行われた時と重なります。常陸国は蝦夷征討の最前線基地としての役割を担っていたものと解釈されます。
3、
鹿島灘、九十九里浜から房総半島を迂回して浦賀水道に入る外海ルートに対して、内陸部の河川や内海を通るルートは、「内川廻し」と呼ばれました。
4、
最近は外来種のオオアカウキクサが入っています。湖畔の湿地で見られるシダ植物は、他にサンショウモ、ミズニラ、ミズワラビ、デンジソウがあります。
5、
カワヒバリガイが高密度で発生すると水道施設や農業用水施設に通水障害が起きたり、在来の生物相に変化を生じさせたりする被害が心配されています。
6、
藍藻類は最も原始的な植物で、30数億年前に出現し、光合成によって大気中に酸素を供給しました。大腸菌と同じ原核生物の仲間で、その細胞には明瞭な核がありません。ミクロキスティスのようなアオコも藍藻類に分類されます。
7、
網生け簀養殖法は,生産効率が高く、画期的な魚類の生産技術として昭和40年頃に霞ヶ浦に導入されました。
8、
米騒動(1918年)の翌年、開墾助成法が制定され、大正時代末までに、霞ケ浦沿岸の19地区、853ヘクタールで開墾・干拓事業が着手されました。
9、
アは農業用水,ウは工業用水です。
10、
霞ヶ浦の全窒素濃度mg/l前は年平均で、約1.0後ですが、湖沼類型。の環境基準値(水道3級、特殊な用途以外)では、0.4mg/l以下となっています。全リンの環境基準値は、0.03mg/l以下となっています。現在の霞ヶ浦の水質は、環境基準値をかなり上まわっています。





第1回霞ヶ浦検定 ジュニア級問題 5問(抜粋)

霞ヶ浦流域(りゅういき)(降(ふ)った雨が霞ヶ浦に集まる土地の範囲(はんい))に住んでいる人の人口はどれくらいですか?

ア) 約298万人
イ) 約98万人
ウ) 約65万人


霞ヶ浦に渡ってくる次の野鳥のうち、夏鳥はどれですか?

ア) コガモ
イ) オオヒシクイ
ウ) オオヨシキリ


霞ヶ浦を代表するワカサギは、次のどの、さかなの仲間でしょうか?

ア) アユ
イ) モツゴ(クチボソとも呼ぶ)
ウ) ウナギ


霞ヶ浦には奈良時代から知られる島がありました。何という名前の島でしょうか?

ア) 浮島(うきしま)
イ) 大島(おおしま)
ウ) 鹿島(かしま)


霞ヶ浦を汚す原因のうち、もっとも大きな割合をしめるものは何ですか?

ア) 田畑の肥料
イ) 工場排水
ウ) 生活排水

■ジュニア級問題/正解と解説
1、
茨城県の人口は約298万人で、その約3分の1の約98万人が霞ヶ浦流域(りゅういき)に住んでいることから、ミリオンズレイクとも呼ばれます。
2、
コガモとオオヒシクイは冬鳥です。オオヨシキリは夏鳥で、ヨシ原で繁殖します。
3、
ワカサギは背中に「あぶらひれ」という「ひれ」を持ち、大きくはサケの仲間ですが、その中でもアユと同じキュウリウオ科に属します。
4、
浮島は稲敷市にあり、現在は干拓(かんたく)事業によって陸続きとなっています。奈良時代に編集された「常陸(ひたち)国(のくに)風土記(ふどき)」の中に、湖水に浮かぶ浮島の記述がみられます。
5、
生活排水とは家庭の台所,風呂,洗濯(せんたく)、トイレなどから出る排水のことです。生活排水の中の汚れの一部は、下水処理場、農業集落排水処理施設、合併処理浄化槽などで除かれますが、残りは56本の流入河川を通して霞ヶ浦へ流れ込んでいます。



第1回霞ヶ浦検定 3級問題 10問(抜粋)

霞ヶ浦流域の面積は,茨城県全体の面積のどれくらいにあたりますか?

ア) 約5分の1
イ) 約4分の1
ウ) 約3分の1


霞ヶ浦にもいる中国の四大家魚とは、ハクレン、コクレン、ソウギョと何でしょうか?

ア)アオウオ
イ)アカウオ
ウ)シロウオ


アオコを構成するミクロキスティスは、分類上、次のどれに入りますか?

ア)緑藻類
イ)藍藻類
ウ)珪藻類


霞ヶ浦の高浜入りをのぞむ台地上にある、県内で最も大きな規模の古墳の名前は次のどれでしょう?

ア) 舟塚山古墳
イ) 天神山古墳
ウ) 虎塚古墳


常陸国風土記の内容で、省略がなく霞ヶ浦に関する記事が最も多く登場するのは何郡の条ですか?

ア)茨城郡
イ)行方郡
ウ)香島郡


中世の霞ヶ浦は香取神宮や鹿島神宮の支配の下にあり、祭神への捧げ物を納める代わりに漁業や水運業の特権を認められた人々がいました。これらの人々は何と呼ばれていましたか?

ア) 漁夫(ぎょふ)
イ) 水夫(すいふ)
ウ) 海夫(かいふ)


江戸時代初期、利根川の河口を、当時の江戸湾から、現在のように銚子口に変更する大工事が行われました。この事業は、どのように呼ばれていますか?

ア)利根川改修事業
イ)利根川東遷事業
ウ)利根川放水路事業


霞ヶ浦の湖岸では、食糧確保などのため、大正時代から昭和40年代にかけて、多くの干拓事業が行われました。面積が最も大きい干拓事業は、次のうちどれですか?

ア)本新島干拓
イ)延方干拓
ウ)高浜三村干拓


水質を守るため、さまざまな物質について環境基準があります。COD(化学的酸素要求量)は代表的な水質指標ですが、霞ケ浦では、CODの環境基準は次のどれですか?

ア)2ミリグラム/リットル以下
イ)3ミリグラム/リットル以下
ウ)6ミリグラム/リットル以下


霞ヶ浦では1981年に富栄養化防止条例が成立し、汚れの原因となる物質の流入を抑える対策が始まりました。削減の対象となっている物質は、次のどれですか?

ア)窒素とリン
イ)窒素と鉄
ウ)リンと鉄

■3級問題/正解と解説
1、
流域面積は、県土の約3分の1で、湖面積の約10倍です。流域面積が広いために、霞ヶ浦は汚れやすいといえます。霞ヶ浦の流域に住む人口も、県民全体の約3分の1です。
2、
アオウオはハクレンやソウギョを放流したとき、種苗に混ざっていて、一緒に放流されました。このとき一緒に来たのがタイリクバラタナゴです。
3、
藍藻類は葉緑素を持つ細菌の仲間で、30数億年前に地球上に出現し、大気中に酸素を供給したと考えられています。湖水が富栄養化して、アオコが大量発生すると、さまざまな弊害が出ます。
4、
舟(ふな)塚山(つかやま)古墳は石岡市にあり、大きさは全長186mで県内最大の規模を誇り、関東地方でも天神山古墳(群馬県大田市)に次いで2番目の大きさの古墳です。大きな古墳があることは、霞ヶ浦地方の豊かさを示しています。
5、
常陸国風土記の中で、省略がないのは行方郡の条です。行方郡の条には、行方という地名、無梶川、津済、行方海、麻生の里、香澄の里など霞ヶ浦に関する記事がたくさんみられます。
6、
霞ヶ浦における海夫の実態は不明瞭ですが、常総地域の水辺で海夫が活動の根拠地とした津(港)の分布が「海夫(かいふ)注文(ちゅうもん)」という文書で確認できます。水運や漁撈が盛んに行われたことは、霞ヶ浦の豊かさを表しています。津は西浦で48、北浦で44ありました。
7、
江戸時代初期、江戸の町を水害から守るためなどの理由で、利根川の河道を東側に移す工事が行われました。浅間山噴火の影響も加わり、霞ヶ浦の水害が増える結果になりました。
8、
霞ヶ浦では、20カ所近くの湖辺で干拓事業が実施され、湖面積の約1割が農地になりました。最も大きいのは稲敷市にある本新島(もとしんしま)干拓で約560ヘクタールの湖面が水田に生まれ変わりました。延方干拓は潮来市にあり、面積277ヘクタールで、2番目の広さです。高浜三村干拓は88ヘクタールです。
9、
霞ヶ浦は水道用水の水源になっているため、CODの環境基準は3ミリグラム/リットル以下と定められています。1978年ごろ10ミリグラム/リットルを上回っていましたが、近年は8〜9ミリグラム/リットル程度です。
10、
湖沼の富栄養化原因物質は、主に窒素とリンで、植物プランクトンの栄養分となります。植物プランクトンが多くなると、水道水などの利用に支障が生じるため、下水道整備などを進め、窒素とリンの湖内流入量を減少させることになりました。






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